概要
味の素株式会社の松田豊 (現 Exelixis 社)、藤井友博らは、親和性ペプチドを用いて抗体薬物複合体 (Antibody-Drug Conjugate: ADC) を位置選択的に製造する技術 (AJICAP) を、これまで精力的に研究開発してきた。これまでの AJICAP 技術は、抗体上に親和性ペプチドが導入する工程を経た後、切断反応を行いペプチドを除去する必要があったが、今回、切断を必要としない効率的な手法 (トレースレス法) の開発に成功した1)。このAJICAP-M と呼ばれる改良法は、位置選択的 ADC の製造工程が従来法よりも短くなるだけで無く、これまでの AJICAP 法では困難だったアジド基を抗体に導入できる優れた手法である。本論文は Organic Letters 誌の Front cover に選ばれている (Figure 1)。
Figure 1. Organic Letters 誌の Front cover |
背景
ADC はがん治療の分野で大きな注目を集めている治療法で、現在までに 14 種類が承認され、さらに 100 を超える臨床試験が世界中で行われている2)。従来の ADC は、ランダムなリジンまたはシステイン残基への結合を通じて作製されており、しばしば構造的な不均一性が生じることが課題であった。この不均一性は、ADC の安定性、治療効果、安全性に直接的に影響を及ぼすため、さらなる改良が必要とされてきた。このような課題を解決するために、次世代の ADC 製造技術として位置選択的な conjugation が注目されている。
味の素社は位置選択的な conjugation 技術として、AJICAP 法を開発・事業展開しており、いくつもの論文が発表されている。当技術は、抗体の Fc 領域に特異的な親和性を持つペプチド試薬を使うことで、抗体の特定のリジン (Lys248、Lys288など) を選択的に修飾し、高い位置選択性でのADC製造を実現することができる (Figure 2a)3)。その結果、得られた ADC の治療指数が改善される。しかし、従来の AJICAP 法にもいくつかの技術的課題が残っている。まず、親和性ペプチド試薬と抗体との conjugation に続く、ペプチド試薬の除去という複数の工程が必要なことがあげられる。従って、ペプチド試薬の付加・除去の工程を経ないトレースレスな反応が求められていた。また、従来の AJICAP 法で抗体に導入できる置換基はチオールであるため、その後マレイミドを有する payload-linker との conjugation が必要になる。このチオールマレイミド反応で生じる結合は、しばしば in vivo において不安定であることが知られている (レトロ反応が起こるため)。これを解決するために、チオールマレイミド反応では無い別の conjugation 様式での ADC 製造も求められていた。このような背景の中、親和性ペプチドを用いたトレースレスなコンジュゲーション反応の開発が進められていた。2022年、Zeng らは、単一ステップで抗体を修飾することに成功したが、payload-linker を予め導入した複雑なペプチド試薬を用意する必要があり、試薬の製造が困難である可能性があった4)。さらに、薬物動態など主要な in vivo 評価がされておらず、安定なADCが得られているかどうか未検証であった。
このような背景から、今回著者らが開発した AJICAP-M 技術は、従来の技術の課題を解決し、精密な位置選択的修飾を実現するために設計された。この技術は、既存の payload-linker を使用することで、製造プロセスの効率化と堅牢性の向上を両立させている。また、得られた ADC の in vivo 薬効評価やラットによる薬物動態評価も行った。
Figure. 2. 概要 |
論文の内容
1. AJICAP-M法の概要
AJICAP-M 法では、ペプチド試薬の分子内に N-ヒドロキシスクシンイミド (NHS) エステルを持つ最適化されたアフィニティ試薬を使用し、リジン残基と安定なアミド結合を形成することが可能であった。これにより、修飾反応の安定性と反応性のバランスを保ちながら、選択的な抗体修飾を実現することができる。従来の NHS エステルと違い、分子内に NHS 基を有した同試薬はカルボニル基周りの立体障害が増したことから加水分解耐性が向上しており、長期保存にも耐えうる物であった。この NHS エステルの先端に、アジド安息香酸を導入することで AJICAP-M ペプチド試薬が完成する。この AJICAP-M ペプチド試薬の合成手法は十分に改良されており、簡便な手法が確立されている (Figure 3a)。ペプチド部位を固相合成で得たのち、ペプチドのリジンに Traut試薬を反応させることでチオールを導入、その後ヒドロキシマレイミドによるカップリング、さらにアジド安息香酸との縮合である。この際、固相合成後の 3 工程をワンポットで実施することに成功した。得られたペプチド試薬で抗体を修飾すると、抗体の特定のリジンのアミノ基がアジド安息香酸で修飾される。また試薬のペプチド配列を変えることにより、抗体の Lys248 および Lys288 に対して選択的に修飾を行うことができ、その後の payload-linker との click chemistry により、ADC が得られる (Figure 3b, c)。得られた ADC はペプチドマッピング分析により、位置選択性が非常に高いことが確認されている (Figure 3d, e)。
Figure. 3. AJICAP-M ペプチド試薬による位置選択的 ADC 製造
(a) AJICAP-M ペプチド試薬のワンポット合成
(b) 抗体の Lys248 位を修飾する AJICAP-M ペプチド試薬 (c) 抗体のLys288 位を修飾する AJICAP-M ペプチド試薬 (d) Lys248 位の特異的修飾を示すペプチドマッピング分析結果 (e) Lys288 位の特異的修飾を示すペプチドマッピング分析結果 (Reproduced with permission from reference 1. Copyright 2024 American Chemical Society)
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2. AJICAP-M ADCの生物学的評価
続いて、AJICAP-M で生成された ADC の in vivo での薬効評価と薬物動態評価を実施した (Figure 4)。この評価には、AJICAP-M 技術を用いたADC と、従来の AJICAP 技術を用いたコントロール ADC が用いられれた。NCI-N87 mouse xenograft モデルにて、AJICAP-M ADC は腫瘍退縮効果において、従来の AJICAP-ADC より高い腫瘍抑制効果を示した。また、ラットを用いた薬物動態試験では、AJICAP-M ADC は payload の脱利率が非常に低く、長期間にわたって高い治療効果を維持できることが示された。この結果は、AJICAP-M が in vivo での安定性を向上させる技術として有望であることを示している。これは、当初の予想通り、レトロ反応による payload の脱落が AJICAP-M では大幅に抑制されていることが示唆するものである。
Figure. 4 AJICAP-M ADC の生物学的評価 |
3. フローマイクロリアクタを用いた迅速プロセスの確立
AJICAP-M 技術は、フローマイクロリアクタ (FMR) を用いた迅速な ADC 合成プロセスにも適用されている。以前、本論文の著者である松田らはランダム ADC 合成において FMR を使用し、抗体の鎖間ジスルフィド結合の還元と続く conjugation をカスケードラインで行うことに成功していている5)。しかしながら、FMR を位置選択的 ADC 合成に使った例はこれまで報告されていなかった。FMR を ADC の実製造に使うことを考えると、マシンタイム (抗体がシステム内に滞留している時間) を 5 分以内にすることが望ましいとされる。そうすることにより、グラムスケールの ADC であっても、1 時間以内に反応が完結することになる。結果、AJICAP-M 法は、約 4.5 分のマシンタイムで位置選択的な ADC を合成することに成功した。
Figure 5. FMRを用いたAJICAP-M conjugation |
今後の展開
AJICAP-M 法は、従来のランダム修飾による ADC に比べて、構造の均一性を高め、治療指数を改善する可能性を秘めている。さらに、最近、著者らは、新規 linker の開発に成功し、それを用いた linker-payload の合成を行っている6)。この新規 linker-payload と AJICAP 法、もしくは今回の AJICAP-M 法を組み合わせることで、さらに安定で薬効の高い ADC が得られることを期待したい。
参考文献
- Matsuda, Y.; Shikida, N.; Hatada, N.; Yamada, K.; Seki, T.; Nakahara, Y.; Endo, Y.; Shimbo, K.; Takahashi, K.; Nakayama, A.; Mendelsohn, B. A.; Fujii, T.; Okuzumi, T.; Hirasawa, S., AJICAP-M: Traceless Affinity Peptide Mediated Conjugation Technology for Site-Selective Antibody-Drug Conjugate Synthesis. Org. Lett. 2024, 26 (27), 5597-5601. doi: 10.1021/acs.orglett.4c00878.
- Matsuda, Y.; Mendelsohn, B. A. An Overview of Process Development for Antibody-Drug Conjugates Produced by Chemical Conjugation Technology. Expert Opin. Biol. Ther. 2021, 21, 963–975. doi; 10.1080/14712598.2021.1846714.
- Fujii, T.;Matsuda, Y.; Seki, T.; Shikida, N.; Iwai, Y.; Ooba, Y.; Takahashi, K.; Isokawa, M.; Kawaguchi, S.; Hatada, N.; Watanabe, T.; Takasugi, R.; Nakayama, A.; Shimbo, K.; Mendelsohn, B. A.; Okuzumi, T.; Yamada, K., AJICAP Second Generation: Improved Chemical Site-Specific Conjugation Technology for Antibody-Drug Conjugate Production. Bioconjug Chem. 2023, 34 (4), 728-738. doi; 10.1021/acs.bioconjchem.3c00040.
- Zeng, Y.;Shi, W.; Dong, Q.; Li, W.; Zhang, J.; Ren, X.; Tang, C.; Liu, B.; Song, Y.; Wu, Y.; Diao, X.; Zhou, H.; Huang, H.; Tang, F.; Huang, W., A Traceless Site-Specific Conjugation on Native Antibodies Enables Efficient One-Step Payload Assembly. Chem. Int. Ed. Engl. 2022, 61 (36), e202204132. doi: 10.1002/anie.202204132.
- Nakahara, Y.; Mendelsohn, B. A.; Matsuda, Y. Antibody-Drug Conjugate Synthesis using Continuous Flow Microreactor Technology, Process Res. Dev. 2022, 26, 2766–2770. doi: 10.1021/acs.oprd.2c00217.
- Watanabe, T.; Arashida, N.; Fujii, T.; Shikida, N.; Ito, K.; Shimbo, K.; Seki, T.; Iwai, Y.; Hirama, R.; Hatada, N., Exo-Cleavable Linkers: A Paradigm Shift for Enhanced Stability and Therapeutic Efficacy in Antibody-Drug Conjugates. J. Med. Chem. 2024. In press. doi: 10.1021/acs.jmedchem.4c01251.
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